›2013- 6- 25

わるいディレクター/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の12曲目が「わるいディレクター」。
作詞が清志郎、作曲が肝沢幅一とクレジットされてます。
それと、「Warui Director:廣瀬哲」というクレジットもあるのですが、これは洒落なんでしょうね。たぶん、きっと。

マイナーな曲調で、なんかメロディアスな感じかな〜と思っていると、ちょっとヘンなメロディーが入ってきたりして。
初期RCだなーって感じです。

この曲が演奏されたのが1972年頃なんでしょうか。
RCは、まだまだ干された経験がないとき、なのかな。
このあと、暗黒時代に突入するんですよね、たぶん。

  僕が今言った事 全部内緒だよ
  干されたら大変さ

干されたら大変、って認識しつつ、結局、干されるハメになる。
そもそも、「全部内緒だよ」ってライブで歌ってるんだもんなー。
このちょー直接的な表現で。

なんというか、こういう態度というか、はずっと変わらないなって思います。
曲げないというか、なんというか。
ちょっと音楽的なところとは、ずれちゃうんですが、そういう姿勢、大好きだな〜。
ま、音楽的なところがいまひとつだと、干されて終わり、なんでしょうけど。
自分に自信があって、音楽的な才能がずば抜けてて、だからこその歌。
なのかもしれません。
干されようとも、結局、最後は這い上がってくるんですから。


わるいディレクター/RCサクセション
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

あの人は放送局のディレクター
とても悪い悪いディレクター

利己主義で高慢で どうしようもない人さ
だけど怖いから何にも言えないよ
干されたら大変さ

あの人は放送局のディレクター
とても悪い悪いディレクター

利己主義でイモで どうしようもない人さ
だけど怖いから何にも言えないよ
干されたら大変さ

あの人は放送局のディレクター
とても悪い悪いディレクター

音楽なんか 何にもわかっちゃいないのさ
だけど僕怖くって何にも言えないよ

僕が今言った事 全部内緒だよ
干されたら大変さ

›2013- 6- 19

仕事なので/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の11曲目は「仕事なので」。
清志郎による手書きの歌詞が掲載されてます。
1971年11月9日の日付と「忌野清志郎/肝沢幅一」。
コードとかほとんど全部修正されてたりして、興味深いです。
CDのクレジットとしては、作詞、作曲は「忌野清志郎」です。

「仕事なので」は、1986年11月21日発売のアルバム、根津甚八「PLAY IT AGAIN」に収録されているようです。
で、同じ年に発売されたと思われる根津甚八のシングル「恋のかけら」のB面にも収録されてます。
私は、シングルだけを持っているのですが、メロディーとか雰囲気はほとんど同じでした。
けっこうそれが意外だったりして。
あまり抑揚のないメロディーだし、淡々としてシャウトもないから、かもしれません。
にしても、根津甚八。
そもそも根津甚八が清志郎の歌をカバーってのが、すごく意外。

アルバム「PLAY IT AGAIN」は、CD化されてないと思ってましたが、シングル盤の宣伝?を見ると、CDも発売されていたようです。
Amazonとかにもぜんぜんないんですよね。。。

で、そのRCサクセションの「仕事なので」。
めずらしく、でいいのかな、破廉ケンチがメインボーカルです。たぶん。
清志郎はコーラスの他、
  無理は体に毒だけれど
  仕事なので
の部分のみボーカル。

かなり淡々としてる曲調で、歌詞も非常に醒めた感じ。
RCのデビューが1970年3月、高校3年卒業間近。
それから1年間。
けっこう、こういう場面というか、が多かったのかな〜。
なんて想像しちゃいます。
あ、デビュー前のテレビ出演とかも、あんまりいい感じじゃなかったんだっけかな。
浮いてたんだろうなー。きっと。
失礼ながら、そんなところにも共感しちゃいます。

って、曲からずいぶん離れちゃいました。
シツコイですが、これだけ淡々としてる曲って、かえって珍しいかもなー。
清志郎のコーラスが面白い旋律でした。


仕事なので/RCサクセション
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

おもしろくもない事をおもしろそうに
それが仕事なので
それが仕事なので
無理に笑っています

きらいな人とでも友達のように
台本どうりに
台本どうりに
無理に笑っています

無理は体に毒だけれど
仕事なので


どこへ行ったってお祭り騒ぎ
それが職場なので
それが職場なので
無理に笑っています


無理は体に毒だけれど
仕事なので

楽しい時は楽しいそぶり
ゆうつな時は楽しいそぶり
苦しい時は楽しいそぶり
そして人気者に
そして人気者になったのです

›2013- 6- 18

もしも僕が偉くなったら/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の10曲目「もしも僕が偉くなったら」。
THE TIMERSのファースト・アルバム「THE TIMERS」(1989-10-11)の3曲目「偉人のうた」の元歌。
といっていいんだろうなー。
リズムもメロディーもほぼ同じ。
1分30秒足らずの「もしも僕が偉くなったら」をふくらませたカタチが「偉人のうた」なのかな。

しかし、1971年頃の作品を、1989年に作り直すんだもんな。
歌詞が違うといっても、趣旨はまったく同じ。
むしろ、この曲に関しては、「偉人のうた」のほうが好きだな〜、私は。
とはいえ、たぶん、そのまた20年後の2009年にも同じスタンスで歌っていたと思うな、清志郎は。
勝手にそんなことを思ってる。

ちなみにどうでもいいことなんですが、JASRACの登録上では、「偉人のうた」と「もしも僕が偉くなったら」は別曲扱いになってます。
そりゃそうか。

にしても。
このケースは別にしても、清志郎って、新しいアルバムに、だいたい古い曲を1,2曲収録してたんだよな〜。
ってイメージがある。
「OK」のレコーディングの時は、曲ができなくて大変だった、なんてインタビューがあったような気がするんだけど、ストックがむちゃくちゃたくさんあるのに、こういうスタンス、やり方をとってたのはなぜなんだろう。
清志郎は、ホントに不思議なことばかりだよ。


もしも僕が偉くなったら
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

もしも僕が偉くなったなら
自分勝手な事ばかりしないさ

もしも僕が偉くなったなら
偉くない人の話も聞いてるさ

もしも僕が偉くなったなら
偉くなかった頃を忘れないさ

›2013- 6- 16

ぼくの家の前の道を今朝も小学生が通います/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の9曲目が「ぼくの家の前の道を今朝も小学生が通います」。
清志郎の手書きの歌詞が掲載されてます。
1971年9月1日の日付。
この曲もほんとに古い曲です。

「ぼくの家の前の道を今朝も小学生が通います」
意外と、フツウな感じの曲調。といっては、失礼かな。
いやいやいい歌です。

結局、レコーディングはされなかったみたいだけど、ライブではけっこう演ってるんですよね。
私自身も、けっこうたくさんライブで聴いたような気がします。
とはいえ、ライブでは、清志郎一人の弾き語りがほとんど。
もしかして、全部弾き語りだったんじゃないかな。
清志郎、思い入れがあったのかな。

ちなみに、音源になっているのは、
1994.6.25 渋谷公会堂で行われた清志郎ソロライブ「Screaming Revue」
2003.8.9 大阪城野外音楽堂「蔵の中からこんばんは」
だけかな。

「悲しいことばっかり」では、もちろん、RCサクセションでの演奏。
清志郎直筆ノートには、「リン+ハモリ」って書かれてるんですが、ここの音源でも清志郎一人のボーカルみたい。
リンコさんのハモリが聴いてみたかったな。


ぼくの家の前の道を今朝も小学生が通います
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

ぼくの家の前の道を今朝も小学生が通います
ぼくも昔 同じようにランドセルしょって通ったのです

今はあまりおぼえていないけど
だけど とてもすてきな頃だった
友達もたくさんいたし
いろんな物が 今よりも明るく見えたような気がします

今はあまりおぼえていないけど
確かに ぼくにもあの頃があった
いたずらやケンカもしたし
毎日が新しくて 平和だったような気がします

今はあまりおぼえていないけど
だけど とてもすてきな頃だった
鼻水たらしながら
うたぐったり ごまかしたりなんて
どこにも なかったのです


ぼくらが遊んだ一本松の丘には
住宅が建ってしまったし
お花畑だった所は
ボーリング場になってしまったけど
一番変わってしまったのは
ぼくなのです

ぼくの家の前の道を今朝も小学生が通います
ぼくも昔 同じようにランドセルしょって通ったのです

›2013- 6- 14

悲しいことばっかり/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の8曲目はタイトルナンバー「悲しいことばっかり」。
すごくいい歌。
清志郎の手書きノートによる歌詞が掲載されてます。
1971年8月6日という日付の記載あり。

にしても、ホントにいい歌。
好きだなー。
アルバム「悲しいことばっかり」のなかでも、一番くらいに好きな曲です。

清志郎と思われる声のカウントから、すぐに歌に入ります。
最初からハイテンションなんですが、一番とか二番とかサビとかそういう概念?もないような感じでどんどんテンションが上がっていき、「悲しいです」の連呼、シャウト。
胸が打たれます。
グサグサきます。

よく聴いてみると、清志郎の激しいストロークのギターに、ケンチのギターがいい感じに絡んでます。
ソロもカッコイーです。

とはいえ、この歌は、やっぱ清志郎のシャウト。
だなー。
このパフォーマンスを生で、目の前で観ちゃったらどうなるんだろう。
固まるだろうなー、間違いなく。
すごい説得力、というか、なんというか。
鬼気迫るというか。

なんで、レコーディングしなかったんでしょうね。
ライブでも演らなくなっちゃったしなー、たぶん。
激しくストレートな歌詞だから、かなー。
とはいえ、こうしたカタチでもCD化されてホントによかったです。
聴くことができて、ホントにうれしい。


悲しいことばっかり
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

悲しいことばっかりだから
笑いとばしてたんだ
悲しいことばっかりだから
忘れたかったのさ
悲しいことばっかりなのさ
笑っても 笑っても

少しの間だけでも
忘れられたら楽なのに

悲しいことばっかりだから
笑いとばしてたんだ

それなのに いつだって誤解されてばかり
そんなのひどいよ

悲しいことばっかりだから
もう笑えない

悲しいです 悲しいです
悲しいです 悲しいです


これからは いかにも悲しい顔をして
みんなの前でも泣いて見せるよ

悲しいことばっかりなのさ
笑っても 笑っても
悲しいことばっかりだから
もう笑えない

悲しいです 悲しいです
悲しいです 悲しいです
悲しいです

›2013- 6- 11

遊び/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の7曲目「遊び」。
辛辣です。
キツイな〜!
ある意味、正直というか、いやいやそれでもこれはキツイな〜。

私が初めてこの曲を聴いたのは、清志郎の初ソロアルバム「RAZOR SHARP」からです。
「RAZOR SHARP」は1987-02-25発売。
この時から辛辣な歌だな〜って思っていましたが、「RAZOR SHARP」の歌詞カードではこんな表記になってました。

  あのことは ただのあそび
  あそびでやったのさ
  あの娘なんか 好きじゃない

「あの娘とは」と「あの事は」では、ぜんぜん意味が変わってきます。
少なくとも私はそう思ってます。
「RAZOR SHARP」では、続いて、「あの娘」と明記してますし。
意味が変わってくるというか、どうとでも取れる表現といったほうがいいかな。
1987年発売当時からの疑問がやっと解決。
カンペキに意識的に「あのことは」という表記にしたんですね〜。
「あのことは」のほうが私は好きかも〜。

「悲しいことばっかり」の「遊び」では、曲前に清志郎と思われるMCも収録されてます。
このMCでは、ハッキリと、何の悪気もなく「あの娘」との遊びについて語ってますね。
で、たぶんRCのセカンド・アルバム「楽しい夕に」に収録されるはずだったというMCも。
衝撃だな〜。
「楽しい夕に」は「遊び」を含めて12曲収録だったのかー。
レコード倫理規定に引っかかったそうで。
この辺のことをけっこう楽しげに話してます。
なんというか、いたずらっこって感じだな〜。
歌は強烈に辛辣なのに。

そう、辛辣だけど、こんな表現もあるんだよなー。
  ぼくが悪いと 言われたよ
  そうかもしれないナ...
なんとも清志郎らしい、と思ってしまいます。
これまたスゴイ歌だな〜。

でもって、クレジットは、清志郎の手書きのノートでは「作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一」。
それなのに、CDのブックレットでは「作詞、作曲:忌野清志郎」。
うむー。どっちなんだー。
とりあえず、ここでは、清志郎のノートの表記を優先して「作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一」としておこうと思います。
ちなみに、「RAZOR SHARP」やJASRACでも「作詞、作曲:忌野清志郎」です。
JASRACの登録は「あそび」という平仮名表記だけのようです。
あー。CDのブックレットでも「遊び」じゃなくて「あそび」だわー。
うむー。清志郎のノートを優先すべきじゃないのかな〜。

というなんとも興味深いことが盛り沢山の「遊び」。
演奏は、リンコさんのベースライン(だと思うんだけど)が印象的な感じです。
そうそう、この歌も、1987年のときと、漢字・ひらがなの表記換えのほかはほぼ同じです。
淡々としてるけど、淡々としてるが故にかな、歌詞が言葉がグサグサくる歌だと思います。


遊び
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

あの娘とは ただの遊び
遊びでやったのさ
あの娘なんか 好きじゃない
遊びでやったのさ
ぼくが悪いと 言われたよ
そうかもしれないナ...

興味があったから
あの娘にもあったから
2人で追求してみたのさ
それだけのことだった
それだけのことなのに
あの娘に「帰って来て」と言われたよ

大切なものを ぼくにくれたんだと
あの娘は言い出した
そんなに大事なら なぜ捨てた?
捨ててからそう思ったくせに
そんなに大事なら なぜ捨てた
捨ててからそう思ったくせに

›2013- 6- 10

ぼくとあの娘/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の6曲目「ぼくとあの娘」。
これも、すごくいい歌だな〜。
心に響きます。
グサグサくるんじゃなくてね。

作詞が清志郎、作曲が肝沢幅一。
RCサクセションが、1985-11-21に発売した「HEART ACE」に収録されたときは、作詞・作曲が清志郎名義。
うーむ。
先日、「なんとなく、公式?に発表した時に「作詞・作曲:清志郎」としちゃったから、いまさら直すのも、、ってな感じなのかもしれません」なんて書いてしまいましたが、早々に覆っちゃった気分。
この辺のクレジットは、いいかげんのまま、なのかなー。
いいかげん、は失礼か!
ちなみに、JASRACの登録では、(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)となっています。

私は、「HEART ACE」発売時の1985年に初めて聴いたはず、なんですが、当時から大好きだったなー。
「HEART ACE」のなかでは、一番好きな曲、かもしれません。

出だしももちろんいいんですけど、最後の2行がいいんだよなー。
ぐぐっときます。
ちなみに、この曲の歌詞も、「HEART ACE」バージョンからまったく修正なし、です。

ホント、いい歌。
なんだかそんな感想しかでてこないなー。
シンプルなラブソング、です。


ぼくとあの娘
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

あの娘はズペ公で
ぼくは身なし子さ
とっても似合いの ふたりじゃないか

あの娘は悪者で
ぼくは嘘つきさ
とっても似合いの ふたりじゃないか

白い目で見られるのなんか
もう慣れちまったよ
だから本気で だから本気で
あたためあっているんだぜ


あの娘は泣き虫で
ぼくは弱虫さ
とっても似合いの ふたりじゃないか


白い目で見られるのなんか
もう慣れちまったよ
だから本気で だから本気で
あたためあっているんだぜ

汚れた心しか あげられないと
あの娘は泣いていた きれいじゃないか

›2013- 6- 9

弱い僕だから/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の5曲目「弱い僕だから」。
ここまで作詞が清志郎、作曲が肝沢幅一というクレジットばかりでしたが、この曲は清志郎の作詞・作曲。
とはいえ、なんとなく、公式?に発表した時に「作詞・作曲:清志郎」としちゃったから、いまさら直すのも、、ってな感じなのかもしれません。

てことで、清志郎としては、「弱い僕だから」は、1998-10-14に発売された「Rainbow Cafe'」に収録されてます。
忌野清志郎 Little Screaming Revue 名義ですね。
その前に、スマップというか、木村拓哉?に提供したんだっけかな。

アルバム「悲しいことばっかり」は、ここまで攻撃的やらひねくれてるやら、といった曲が続いていたので、なんというかほっとするというか、そんな感じです。
これまでも清志郎らしいなーって曲ばかりですが、この曲も、清志郎のもってる側面がバリバリでてるなーって思います。
そりゃそうなんだけど。
ストレートなラブソング。
ちょっと情けない感じがすごくいいです。
好きだな〜。
もっとステージで演奏し続けていてくれたらよかったのに。
私は、生では、ほとんど聴いたことないかな。
って、エレキ化したRCでも演奏してたんだっけ。
なんで演奏しなくなっちゃったんでしょうね。

ここでのバージョンは、破廉ケンチのギターがすごく活躍してる印象があるなー。
たぶん、イントロから最後まで、気の利いたフレーズを弾きまくってます。
カッコイーです。

当時、アコギでこういう音をだすバンドっていたのかなー。
フォークとかロックとかは置いとくとして、アンサンブルというかグルーブというか、よくわかんないけど、こういう音を出すバンドって珍しかったんじゃないかな〜。
なにしろ、かっこいー音だな〜と思うのです。

あ、そういえば、歌詞を書いていて気付いたんですが、 忌野清志郎 Little Screaming Revue での「弱い僕だから」と、ほんの一言ちがってるくらいで、ほぼ同じでした。
当初から、72年頃かー!、完成されてたってことですね。
なんだかスゴイです。


弱い僕だから
(作詞・作曲:忌野清志郎)

弱い僕だから 君が必要なのさ
弱い僕だから 君が大切なのさ
一人じゃダメなのさ 君でなけりゃダメさ
君の前では 素直になれる
君の前では 悲しい顔もできるのさ

弱い僕だから 君が必要なのさ
一人じゃ怖いのさ 君がいなければ
君の前では 作り笑いもしない
君の前では 恥もかけるのさ Oh oh oh

離れないでおくれ 君が好きなのさ
やさしくしておくれ

弱い僕だから 君が大切なのさ
いきつく所は いつも君なのさ


君の胸に 顔を埋めて
泣きたいのさ とても怖いのさ Oh oh oh

離れないでおくれ 君が好きなのさ
やさしくしておくれ

弱い僕だから そばにいておくれ
弱い僕だから 君だけなのさ
一人じゃダメなのさ 君がいなければ Oh oh

›2013- 5- 29

マイホーム/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の4曲目が「マイホーム」です。
モップスのアルバム「モップスと16人の仲間」というアルバムに収録されてます。
1972年7月5日発売のアルバムのようなので、「初期のRCサクセション」(1972-02-05)と「楽しい夕に」(1972-12-05)の間ですね。

にしても、強烈な歌です。
モップスのバージョンを聴いたときは、それほどの強烈さは感じなかったんですが、RC、清志郎のボーカルはやっぱすごいっす。

若干長めかなーってイントロから「ぼくはいつも頭に来てる」です。
そこからは、ほとんど切れ目なく、歌い叫びまくりです。
間奏もないし、エンディングは「オー・マイ・ホーム!」。
破廉ケンチの、なんというか、オカズっていうか、フレーズも影を潜めがち。
清志郎と一緒に、コードをかき鳴らし、って感じです。

かっこいーなー。
とはいえ、なんとなく、あまりにストレートすぎて、うむー。って感じもあるかな。
この曲だけじゃないけども。
とはいえ、とはいえ。
  ぼくを見ておくれよ 君の目で見ておくれ
ってフレーズは清志郎らしいし、このフレーズがあってよかったーって気がします。

それにしても、清志郎。
「嘘」って言葉をたくさん使ってるなー。
初期では特にそんな気がします。
この歌でも、最後の方の「嘘までついて」のシャウト4連発。
シツコイですが、あまりにストレートすぎて、ステージを直視できないかもしれません。
この部分は、「甲州街道はもう秋なのさ」の「うそばっかり」をホーフツしちゃうなー。

という「マイホーム」。
とにかく強烈です。


マイホーム
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

ぼくはいつも頭に来てる
ぼくはいつもじゃまされてばかり
待っていておくれよ 君のところへ行くよ

Ah どいつもこいつも
自分の頭が無いのかよ
えらそうな顔してるくせに
権力に弱すぎるじゃねぇか

ぼくを見ておくれよ 君の目で見ておくれ Ah
そんなに大切か そんなにかわいいか
幸せになりたいか

嘘までついて 嘘までついて
そんなに怖いのか そんなに弱いのか
りこう者になりたいか

嘘までついて 嘘までついて
嘘までついて 嘘までついて

いつわりとあやまちの上に 築きあげた幸福を
大事そうに抱きしめて いつでも震えてる
オー・マイ・ホーム!

›2013- 5- 26

愛してくれるなら/RCサクセション

RCサクセション「悲しいことばっかり」の3曲目は「愛してくれるなら」です。
2003年12月に発売されたDVD「ライブ帝国 RCサクセション 70's」に収録されてました。
が、私は、あんまり印象に残ってなくて、このCDで新たに認識したって感じです。

激しく残酷な歌です。
残酷ってことはないかなー。
あまりにストレート。
なんというか、別の意味で、グサグサきます。
この言葉の羅列。キツイ。

とはいえ。
  たとえ愛していたとしても 君は君だろ?
  あの娘には なれないくせに
この2行が逆にやさしい。
そんな気もしてきます。

メロディーは、この頃特有かなー。
ポップなんだかムズカシイんだか微妙な感じ。
清志郎のギターの激しいストロークに絡む破廉ケンチのギターがいい感じです。

にしても、この歌詞に清志郎のシャウト。
やっぱりキツイなー。
グサグサです。
一つ一つでグサグサ、最後の1行でトドメって感じ。


愛してくれるなら
(作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一)

君がぼくを好きだって
たとえ愛してくれたって
それが何になるだろう 今のぼくに

ぼくにはどうでもいい事さ
たとえ愛してくれたって
ぼくは感じるだろう とても迷惑だと

君がぼくをどんなに
想っているか知らないが
たとえ愛していたとしても 君は君だろ?
あの娘には なれないくせに


だから もうやめてよ
泣いて見せてもおどろかないさ
どこか向うへ消えてくれ
とても迷惑だから


君がぼくをどんなに
想っているか知らないが
たとえ愛していたとしても 君は君だろ?
あの娘には なれないくせに

君がぼくを好きだって
何の役にも立ちゃしない
どうぞ一人にさせといて 愛してくれるなら

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