›2006- 10- 2

1975年 『加藤茶のちょっとだけよ』

Posted by LSD at 23:13 / Category : ヒデキから始まった
「あっけなく1970年代初期~中期の頃は終わりです」と書きましたが、それもちょっと寂しいような気もして、もう少し詳しくみてみることにします。

といっても、何のヒントもなく、つらつらと書いていくのはとても無理。そこで、Wikipediaの力を借りることにしました。ざっとWikipediaを眺め、これは追体験ではなく、自分の記憶としてあるという年が1975年であることが判明。ということで、1975年についてです。ちなみに、75年以前でもまったく記憶がないわけではなく、たとえば、幼稚園の頃に友達と遊んだ風景なんかは一瞬の場面ではありますが、覚えてたりします。まー、それでも社会的な事象とかにとりあえず限定しようかなと。

1975年。なんといっても「広島、球団創設以来26年目で初優勝」。これはほんと鮮明に覚えています。その前の年の長嶋現役引退はまったく記憶にないので、75年頃に頭がしっかりしてきたんでしょうか。広島カープはこの年以降、けっこうな間、ファンだったなぁ。今は、ほとんどまったくプロ野球には興味ないけど、ずうっとアンチ巨人だったりもします。

音楽では、1975年 - Wikipediaの、「1975年の音楽」に挙がっているやつは、ほとんどリアルタイムで覚えています。特別に好きだったわけでもないのですが、「心のこり(細川たかし)」、「ロマンス(岩崎宏美)」は、なんだろうな、レコード大賞新人賞かなんか取らなかったかな。そんな感じで思いで深い。
何気に「私鉄沿線(野口五郎)」とか好きだったような。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」もインパクトがありました。

さらに、詳細な、1975年の音楽 - Wikipediaを覗いてみます。
おー、「年下の男の子」(キャンディーズ)があるじゃん。で、以外に記憶がないのが、「時の過ぎゆくままに」(沢田研二)。あまりテレビに出演しなかったのかなぁ。ヒデキもいまいちパッとしてないっすね。
それと、これは納得な気がする、井上陽水によしだたくろう。年間アルバムトップ10の1位から3位まで独占してますが、当時は、その存在も知らなかったと思います。テレビに出ないとね。しかも、「8時だよ全員集合」とかに。

と、「全員集合」が気になって、8時だョ!全員集合 - Wikipediaを覗く。
おー、荒井注が脱退したのは1973年じゃないか。『ジャンボマックス』、『加藤茶のちょっとだけよ』、『荒井注の「This is a pen!」』も鮮明に覚えてるよ。うーん、「全員集合」は偉大だ。

私は、当時、小学校低学年。どこにでもいる小学生だったんじゃないでしょうか。
まだまだひねくれてもなく、わりとっつうか、かなり積極的な児童だったと思います。あと、特徴的なことといえば、背が低かったことでしょうか。幼稚園の年少から高校2年くらいまで、ずっと一番前でした。「前ならい」(だっけ?)のときに、手を腰に当てるポーズをずうっとやってました。小さい頃は、「背が小さいこと」も自慢だったんだよな、なぜか。

そういえば、もうこの頃には、RCサクセションはデビューして5年くらい経っているわけです。だがしかし、もちろん、私はその存在を知りませんでした。

›2006- 10- 3

夢助/忌野清志郎

Posted by LSD at 21:48 / Category : Kiyoshiro Imawano
夢助/忌野清志郎夢助/忌野清志郎

夢は何度でも見られる。君がそう願うなら
GODからDREAMERへ。夢と勇気を歌った本当のラブソング。
スティーブ・クロッパー(オーティス・レディング、ブルースブラザーズetc)プロデュース、ナッシュビル録音。
ロック史上に刻む最高傑作にして、永遠の愛聴盤!

Amazon

フライングで入手、すでに3回目のリピート、「夢助/忌野清志郎」。
メンフィス・サウンドです。最高ですね。
なんと冷静な書き方をしてるなーと我ながら思いますが、とっても興奮してます。

全体的な印象としては、直球一直線の勝負ってな感じ。
ちょっとした「お遊び」もありません。
それでも、力任せの力投って感じじゃなくて、ごく自然体で「ど真ん中に投げてやるよ。君に打てるかい?」とでも言ってるような。
いつも自然体の清志郎が、いつも以上に自然体なんですね。投げられた球は、決して剛速球じゃない、でも、なんでだろ、思わず見逃してしまう、バットを振ることさえできないで。って、はなはだしく、わかりづらい書き方ですが、ほんとそんな感じです。
なんだろう、これが清志郎の本当の力?

あまりに抽象的なので、もうちょっと具体的に書いてみよう。
ほとんどの曲はミディアムテンポのバラードなり、ソウルなり、R&B、ロックです。華々しい雰囲気の曲はないといってもいいかもしれません。一番、POPな曲が「激しい雨」かな~。

華々しさがなくても、ぐぐっときます。バラードが心にくるだけじゃなくて、ちょっと軽めのロックでも、ぐぐっときます。このバラードじゃないのに、ぐぐっとくるって感覚は、なんだか久しぶりのような気がしました。「デイ・ドリーム・ビリーバー」を初めて聴いたとき、なぜか涙がこぼれてきた、そんな感覚です。

まだまだ聴き始めたばかりなので、お気に入りとかが、がんがん変わっていくとは思いますが、8曲目「THIS TIME」から、「温故知新」、「毎日がブランニューデイ」の流れは、ほんと、たまりません。
と、書いて、「THIS TIME」を聴きなおしてみたら、ほんとにいいや。涙がこぼれてきます。ほんとに、最高です。

清志郎の休養中とか、そういうのを抜きにして、ただただ何の邪念?もなく、このアルバム、好きだなぁ。


 ずっと夢に見ていた こんな日が来る事を
 君は夢を持ってるかい きっと叶えられるさ
 (THIS TIME)

›2006- 10- 4

夢助の続き

Posted by LSD at 22:16 / Category : Kiyoshiro Imawano
朝な夕な「夢助」忌野清志郎、です。
バリバリのメンフィス・サウンドですが、1曲目のイントロを聴いたときに頭に浮かんだ言葉が、なぜか「美しい国、日本」でした。イントロが日本を連想させるフレーズなんですよね、音のことだけに、うまく言い表せないんですが。
で、曲名が「誇り高く生きよう」。
歌詞は、これ以上ないってくらい優しく、愛に満ち溢れてます。

  勇気が ほら わいてくるよ
  朽ち果てそうだった心に
  誇り高く生きよう 喜びにあふれ

  わけもなく 涙ぐむのは
  君のこと 想ってるから
  誇り高く生きよう 喜びにあふれ

  誇り高く生きよう 君のために
  誇り高く生きよう 君のために


これこそ、「美しい国、日本」じゃないか?
僕が、私が、強くなればいいってわけじゃない。
「この国を守る決意。」もそりゃ大層結構なことだろうけど。

「君のために」、誇り高く生きる。
かっこいーじゃないか。真実に思えないかな?

この曲こそ、新しい強烈なメッセージ・ソング、ロックだと思います。

›2006- 10- 6

1976年から1979年

Posted by LSD at 23:34 / Category : ヒデキから始まった
前回、「もう少し詳しくみてみる」と書いておきながら、またしても方針変更。
やはり強烈に印象に残ってるとか、その辺りに絞ってみる。
ということで、1976年から1979年。
1979年には、私は小学校の高学年になってます。

この間でも、音楽はそれほど、というかまったく身近な存在じゃなくて、ベストテンとかラジオの「森田公一の青春トップテン(だったと思うんだが)」を見たり、聞いたりするていどのものでした。
結構、好きだったのが、「勝手にしやがれ」(沢田研二)、「あんたのバラード」(世良公則&ツイスト)あたりか。でも夢中になったってほどじゃないなぁ。

で、なぜか、その頃に購入したアルバムがアリス「ALICE V」ですね。自分で買ったんじゃなくて、姉貴のものだったような気がしますが。ちょっと調べてみたら、1976年に発売でした。もしかしたら、リアルタイムじゃなくて、78年頃に聴いてたかもしれません。「今はもうだれも」、「遠くで汽笛を聞きながら」、「帰らざる日々」あたりが印象に残ってます。

でもって、さらに松山千春のアルバムも、もしかしたら聴いたかも。いや、姉貴がファンをやってたんです。

さらに、さらに、なぜか、かぐや姫の「かぐや姫LIVE(じゃないかも)」も購入してます。これは、たぶん、私が選択したんじゃないかな~。

清志郎ファンである私には、ちょっと隠したい過去かも。
いや、流行ってたんだよな、たぶん、きっと。

ということで、この4~5年は、時代の流行に忠実に、ヒットソングとフォークソングを好んで聴いていた、そんな時代だったのでした。

私はフツウの小学生だったのかな?
ちょっとはヒネクレ感も現れはじめてたかもしれません。
それでも、学級委員とか児童会とかをやっちゃうような子供だったから、まだまだ積極的に社会生活を送っていたような気がします。

で、小学校を卒業する間際には、そういうなんていうか、クラスをまとめるとか、ちょっと大袈裟ですが、体制側(学校、先生側)で活躍するのが、さっぱり馬鹿らしくなっていったんだと思います。きっかけは覚えていません。まぁ、そういう気分だったのか、もともとの資質だった、そんなところだったんでしょう。

なんか清志郎に近づく要素がだんだん形成されてるなーと、今、ふと思ってしまいました。
あー、そういえば、もうこの頃はヒデキにはさっぱり興味がなくなっていました。

›2006- 10- 8

木村くんと三宅くんと梅津くん、そして、SION@横浜

Posted by LSD at 14:39 / Category : ライブ
昨日(7日)、「木村くんと三宅くんと梅津くん、そして、SION」@横浜に行ってきました。「木村くんと三宅くんと梅津くん、そして、SION」と括ってしまいましたが、別々のイベントです。

「木村くんと三宅くんと梅津くん」は、『横濱ジャズプロムナード2006』という巨大ジャズ祭り(?)のなか、赤レンガ倉庫1号館ホールで13:50~行われました。メンバーはそのままですが、木村充揮(g,vo)、三宅伸治(g,vo)、梅津和時(sax,cl)。ちょっとこの方面にはまってしまった人(私ですが)にとっては、なんともたまらん面子。

SIONは、『YOKOHAMA MUSIC STYLE 2006』というよくわかんないイベント、といっては失礼か、オフィシャルサイトを覗いて見ると『「YOKOHAMA MUSIC SYTYLE」は、横浜を舞台にした新しいお祭りです。』云々書かれていますが、スミマセン、やっぱりよくわからないイベントのなか、SION with Bun Matsuda での出演です。

さて、当日の横浜は信じられないくらいの快晴、快晴。風はちょっと強かったけど、暑くもなく寒くもない、ほとんど奇跡のような天気でした。昼間の横浜は、うーん、15年ぶりくらいじゃないか。ずいぶん様相が変わったような気がしましたが、相変わらずおしゃれ~ってな感じでした。で、そんな横浜みなとみらいを中心に開催された『横濱ジャズプロムナード2006』。あちこちでたくさんのアーティストがジャズを繰り広げています。なんだかすごいいー感じです。

そんななか、赤レンガ倉庫1号館ホール(昔はただの倉庫だったのになー)で、「木村くんと三宅くんと梅津くん」の登場です。ステージには三つの椅子が置かれています。お客さんは、最初はわりとがらがらっぽかったのですが、開演間近にはほぼ満席となったようです。
ほどなくして「木村くんと三宅くんと梅津くん」が登場。3人とも帽子をかぶっていて、可愛い感じ。ステージ左に木村くん、真ん中梅津さん、右に三宅さんが位置して、リラックスムードの中、唐突に木村くんの「嫌んなった~」(だと思うんだが)の歌声一発。これはかなり強烈でした。やっぱり、凄いです。

どんな曲を演るのか、さっぱり想像できなかったんですが、ほとんどが木村さんの持ち歌で、三宅さんがコーラス、梅津さんもたまにコーラスしてました。覚えてる限りでは、こんな感じ。順不同です。

嫌んなった
スキップミュージック
心はマ・ル・ハ・ダ・カ (演ってないかも)
出稼ぎブルース
Happy Birthday
It's Allright (Vo.三宅さん)

うーん、ほとんど覚えてない。それでも木村さんのボーカルは相変わらず凄かったし、梅津さんのSaxももちろんで、良かったですね~。
客席も木村くんたちもみんな座ったままだったんですが、三宅さんの「It's Allright」のときは、三宅さんが立ち上がってソロを弾いてました。この曲のときだけエレキだったかな~、あとは多分ぜんぶセミアコだったような。
で、私的には、一発目の「嫌んなった」と、「It's Allright」、それに最後に演奏された「Happy Birthday」が印象に残ってるかなー。「Happy Birthday」は、綺麗なバラードですが、三宅さんの弾くフレーズと梅津さんのSaxのハモリがよくて、かっこよかったです。帰宅後、CDで確認したら、ピアノのフレーズでした。
てな感じのかなりリラックスムードの1時間のステージでした。途中、梅津さんのMCもあったりしたなー、そういえば。


そして、時間は一気に飛びます。
場所は、横浜BLITZ。SIONのほかに、「CORNER」、「ART-SCHOOL」といったバンドが出演するようですが、まったく知らない私。
横浜BLITZには18時30分くらいに到着。すでに、バンドが演奏してました。リズム隊にギター2本という構成、ガレージ(こんな言葉あったか?)っぽい感じでしょうか。よくある若者バンドといっては失礼かな?けっこう曲がPOPだったりしましたが、人気あるんでしょうか。結局、なんというバンドだか分からないまま、終わってしまいました。

横浜BLITZははじめてでしたが、綺麗な大型ライブハウスでした。物販のお兄さんが強面で、もっと愛想よくしろよという気もしましたが、ロッカーかもしれないので、仕方ないかもしれません。
さて、最初のバンドのときも、かなり寂しいお客さんの入りでしたが、SIONの待ち時間になってからは、さらに少なくなってしまいました。うーん、なぜ?
ただ、そのおかげで、たぶん、いままでで一番よい位置(ステージから3mくらいでしょうか)を難なくキープ。押されるような気配もまったくなく、マッタリとした感じ。喜ぶべきか、悲しむべきか微妙。

で、18時45分くらいかな、SION with Bun Matsudaの登場です。
お二人とも、まったくいつもとおんなじ雰囲気。
覚えてる曲はこんな感じ。これも順不同です。

午前3時の街角で (from 「comes」)・・・演ってないかも
お前がいる (from 「comes」)
Once Only Love (from 「Strange But True」)
ちょっとでいいんだ (from 「Untimely Flowering」)
”新曲”
”新曲”
ハード・レイン (from 「SION」)
曇り空、ふたりで (from 「東京ノクターン」)
夜しか泳げない (from 「夜しか泳げない」)

あと1、2曲演ったような気もします。でも1時間は演ってなかったかな。
基本的には、前回の新宿ロフトのリストを踏襲してる感じで、「夜しか泳げない」の松田文さんのギターとか、とっても良かったんですが、私的には「曇り空、ふたりで」がベストだったかな~。もともとかなり好きな曲だということもありますが、ぐさぐさときました。この曲は、歌詞も曲ももちろんですが、途中のSIONの低音が凄いんですよね。なんとなく、SIONの楽曲の中、一番低い音階のような気がするんですが、そこが、たまらなくて。

  もう眠ろうな  明日があるから
  今日は眠ろうな  俺はここに そばにいるから

これだけなんですけど、CDで聴いてるだけで泣きそう。生だとほんとたまらんです。

あとは、「元気はなくさんさ」というサビの新曲と、今年の野音で確かはじめて聴いたと思うんですが、「人を2種類に分けるこの世界では~」というようなフレーズのある新曲が良かったなぁ。新しいアルバムが聴きたい。

という感じで、1時間弱のSIONのステージが終了しました。
いつものことですが、SIONのステージは心を思いっきりワシヅカミされます。比較するのもなんですが、この強力さは清志郎を上回るかもしれないです。清志郎のステージの場合、すげーってのはもちろんですが、例えばイベントで清志郎のステージ終了後に、とりあえず違うバンドを冷やかしに観てみるかって気分にもなります。SIONだと、いやー、頭ん中はSIONでいっぱいだ~。他のバンド?いらん、いらんってな気分。これは、良いことなのか悪いことなのか、微妙な気がしないでもありません。
この日も、次のバンドが控えてましたが、横浜BLITZを後にしました。
見上げると、空には、とても綺麗な月がひとつ。


それにしても、充実した一日でした。
そんなわけで、超長い感想になっているような気もしますが、この日のステージでも歌ってくれたSION「ちょっとでいいんだ」のフレーズで終わりにします。

  夢うつつで 生きられるほど
  ひとりきりで 生きていない
  だからもう少し 力がいるんだ
  笑われても 神頼みでも

  神様 ちょっとでいいんだ  手が空いたら
  神様 俺の背中を 押してください

背中を押してくれた「神様」、感謝してます。ありがとー!

›2006- 10- 9

ある休日

Posted by LSD at 17:24 / Category : その他
今日は祝日。実は、何の日だかわかってない。とりあえずは休日だ。
めずらしく9時30分頃に起床。

iBookのバッテリー交換の宅配がくる。そう、うちのiBook G4は、Sony製(だと思ったが)の火を噴く(だっけ?)バッテリーにぶちあたっていたのだ。バッテリーは外したままだったので、難なく装着完了。バッテリーが新しくなったので、なんとなく得した気分。

「夢助」の歌詞入力をする。さりげなく対句になってたり、何も考えてないようでいて、実はさりげなく練られてたりしてそうな歌詞だ。それにしても、今作はいつにもましてシンプルで、日本語が意識された作品が多いような気がした。歌詞というところだけでいえば、「誇り高く生きよう」、「花びら」、「This Time」、「温故知新」、「毎日がブランニューデイ」がお気に入りだ。
歌というところでいえば、最近は「花びら」が凄く好き、でもって、やっぱり、「誇り高く生きよう」、「This Time」、「温故知新」、「毎日がブランニューデイ」がちょっと飛びぬけて好き。って、歌詞のお気に入りと同じじゃん。ま、そういうことなのだ。いや、他の曲もいいんだけど。

今日もまたあまりに天気がいいので、チャリでひとまわり。1時間弱、15Km程度。計測しているなかでは、平均速度の最高(19.8Km)を記録した。
しかし、清志郎はだいたい平均速度が20Kmを越えていると、どこかで読んだ記憶がある。いかに私が虚弱とはいえ、これは、かなり信じられないことだ。

と、平凡ながら、なんとなく充実してたような気もする一日。

›2006- 10- 10

はて

Posted by LSD at 21:52 / Category : その他
昨日辺りからなぜか右手にむくみを感じていた。なんかちょっと痛みを伴う感じ。
ま、いいかと放っておいたら、今日は左手が同じようにむくんでいる。
ふむ、ま、いいかと会社に出かける。
会社から定時に帰宅。
風呂に入る。
と、どーも、だるい。これは絶対熱があるなと思い計ってみると37.4分。
ま、微熱。ちなみに、微熱は15年以上前からの持病みたいなもんだ。慣れてる。
とりあえず、夕食。たらの簡単な料理を探す。
これ(大根とたらのスープ/【味の素KK】レシピ大百科)を作ってみる。
簡単だし、けっこう美味かった。
が、どーも、むくみもだるさも治らない。も一回計ってみる。37.6分。
うーん。とりあえず寝ることにしよう。
と、その前にも一度計ってみよう。37.2分。うーん、なんなんでしょう。

›2006- 10- 11

まだ夢助 ~THIS TIME~

Posted by LSD at 22:19 / Category : Kiyoshiro Imawano
延々とリピートされ続ける「夢助」。
なんでこんなに強く優しく聴こえてくるんだ?
ほんとは、こーいうことはあまり信じたくないんだけど(ひねくれてるんで)、これこそ「音楽のマジック」なのかもしれません。

ということで、「夢助」を初めて通して聴いたときに、このアルバムのターニングポイント・・・じゃないな、中心となる、核となる曲だと勝手に思った、一番感動した「THIS TIME」。
スティーブ・クロッパーとの共作です。テレビ番組で清志郎が語ったところによると、クロッパーさんが英詩のついた曲を持ってきて、清志郎がそれを日本語に訳して、サビの部分も清志郎が書いたらしい。ま、そんなことはどーでもいいのかもしれません。

50歳をとうに越えた清志郎が歌うフレーズ。
清志郎のキャリアをちょっと考えると、さらに、さらに感動を覚えます。


  今こそ その時がやってきたんだ
  もう誰にも ぼくを止められないさ
  今こそ 行くべき場所がわかったんだ
  音楽に導かれて 行き着くのさ


ほとんど音楽しか演ってこなかった清志郎が、「音楽に導かれて、行くべき場所がわかった」と歌っています。そして、このフレーズは4回も繰り返されます。
さらに、さらに、


  ずっと夢に見ていた こんな日が来る事を
  君は夢を持ってるかい きっと叶えられるさ


と歌われます。思いっきり、これ以上ないくらい、能天気と言われかねないほど前向きです。
曲調は明るく、POPです。
クロッパーさんのギターソロもかっこいーし、ホーンもいい感じで鳴っています。

でも、なんなんでしょう。
泣けてきます。いや、泣き笑いっつう感じかな。
清志郎の今の状況は関係ありません。この曲のもつ力ですね。

夢を信じる力、あきらめない心、そんな感じが、まったく押し付けがましくなく自分の中にはいってくる。こんな自分でも素直になれる、自分をさらけ出せる(かもしれない)と思わせる。
こういう清志郎の歌が大好きです。

›2006- 10- 12

またしても横浜

Posted by LSD at 17:19 / Category : その他
横浜といっても、その隣の町。そして、今日はかなりヘビーな用事、お通夜だ。母の妹が亡くなったとのこと。母は、ずいぶん前に亡くなっているが、そのおばさん一家にはとってもお世話になった。母が亡くなってからは、ちょっと疎遠になってしまったけど。
今は、姉との待ち合わせ場所に、思いっきり早く着きすぎてしまった(今日はクルマでやってきた)ので、時間をつぶしているところだ。うちの家族に会うのも半年ぶり。なんだかな~。
それにしても、お通夜の時にはどんな顔をしていれば、いいんだろう。今夜の顔が見つからないって感じだ。

›2006- 10- 13

1979年の書き忘れ

Posted by LSD at 22:13 / Category : ヒデキから始まった
1979年で書き忘れていたことがありました。
この年は、「銀河鉄道999」が劇場公開されてます。
「999」は、私がはじめて映画館で観た映画なんですね。そのときのことは、かなり鮮明に覚えています。池袋の東映(だと思う)に、友達数人と出かけました。もしかしたら、都心(池袋)に遊びに行くというのは、このときが初めてだったかもしれません。夏休みで、映画館は混んでいました。立見だったような記憶もあります。

で、この「999」、内容がよくて、とっても感動しました。今思い返しても、けっこういい映画だと思いますが、当時はがつーんとやられましたね~。これがきっかけで、私は、ごくフツウのマンガ(アニメ)好きから、もうちょっと上(?)のレベルのアニメ好きになったような気がします。あぁ、それと、アニメだけじゃなくて、映画そのものもとっても好きになりました。

主題歌は、ゴダイゴが歌う「銀河鉄道999」でした。とーぜん、この歌も好きで、たぶんレコードも買ったんじゃないかな~。「ざ ぎゃらくしえくすぷれす999 ういる ちぎ おん ざ じゃーにー あんど ねばー えんでぃんぐ じゃーにー」(テキトウです)という英語の歌詞もかっこいーと。
さらに、映画の「完全サントラ盤」もたぶん持ってたと思います。「完全サントラ盤」とは、そのものずばりですが、映画をそのまま台詞を含めてレコード化したものです。ビデオが発売されてないか、一般家庭に普及されてない時代には、それほど珍しくなかったと思います。今じゃ、発売されるわけない代物ですけどね。

ただ、残念なことに、この「完全サントラ盤」(数年後に公開された「さよなら銀河鉄道999」のも持ってた)中古レコード屋さんに売っちゃいました。今、思うと、すげー後悔です。高田馬場の中古屋さんですが、ここには、RCの「The Day Of R&B」とかも売ってしまった記憶があります。さすがに、「The Day Of R&B」は、「しまった」と思って(長らくCD化されなかったので)、数年後に再びどこかの中古屋さんから購入しなおしましたけど。

話がそれました。
ということで、「銀河鉄道999」は私に大きな影響を与えてくれました。
ちなみに、1979年には「ルパン三世 カリオストロの城」も公開されています。しかし、けっこう有名な話ですが、「カリオストロ」は公開当初、まったく話題にならなかったんですね。私は、公開したことすら知らなかったと思います。で、数年後、おもいっきりはまることになります。

›2006- 10- 14

Harryは今

Posted by LSD at 23:17 / Category : Harry
どうしてるんでしょう。
なんだかずいぶん遠ざかってしまったような気がします。
というか、私の勝手な気分ですが。
今年の5月に発売されたミニアルバム「HOW DO WE LIVE」も、ちょっとなーって感じで、今確かめたら2回しか聴いてない。うーん。

そう、それでも、私の勝手な思い込みかもしれない。
なにしろ、Harryのライブは、・・・おーっ、もう3年くらい行っていない。
ということで、11月の東京 LIQUIDROOMのチケット購入。

久しぶりにオフィシャルを覗いてみたら、ツアータイトルが「"MORE TOUGH" TOUR 2006」であることがわかった。なんだ、すげーかっこいーじゃないか。
東京は、全国5箇所のラストだ。期待しよう。

›2006- 10- 15

システムアナリストの試験

Posted by LSD at 22:43 / Category : 資格試験
とうとう、この日がやってきました。システムアナリストの試験本番の日です。
本来ならば、昨日の夜あたりに「ふー、やるだけのことはやったぜ。人事を尽くして天命を待つ」なんてところのはずだったんですが。
いつからか、ぼろぼろに崩れて、「まぁ、来年の下見だな」になりました。なにしろ、試験を受けに行くことすらめんどーになってしまい、気持ちを奮い起こすのに苦労しました。

ということで、まずは、9時30分から11時10分までマークシートの選択問題。
だめだめのなかでも、遠い昔に問題集かなんかで見かけた「文字」もあったりして、「文字」というのが悲しいけれど、これは、がんばれば、「文字」の意味もわかるかもしれない。などと、わけわかんない自信が湧いたりして。
で、結局のところ、3割近くは意味もわかんなかったので、早めに終わってしまった。見直す気もなかったので、教室を退散。早めの昼食。

そういえば、お客さん、じゃなくて、受験者の年齢層は若者から中高年まで、比較的ばらけてたような気がしました。それでも平均年齢は30代半ばくらいかな、で、9割以上は男性てな感じ。

12時10分から記述式。なにしろ、午前問題(と論文をほんのちょっと)しか勉強してなかったので、記述式の問題がどんなものかはじめて見ました。
ほ、ほー。問題文をよく読めば、なんとか解けそうだぜと思ったのは最初の1問だけ。
あとはぼろぼろだったなー。ぼろぼろなんだけど、とりあえず、一文字も書かないのは癪なので、なんとか文字を埋める。で、時間ギリギリ13時40分まで粘る。

疲れた~。
ちょっとの休憩後、14時10分から小論文。3つの命題からひとつを選択して、3000字くらい書くのかな。これは、もう、正解なんてわからんってことで、今までの経験だけをテキトウにアレンジして、あることないことを書きまくった。最初のうちに書いていたことと、最後のほうの趣旨が違ってきたような気もしたが、気にしない。というか、そんなことを気にする余裕などなかった。これもほぼ時間ギリギリで終了。

いやー、疲れた。
それでも、もしかして、ほんとに頑張れば手が届くかもと思えたことは収穫かもしれません。ということで、また来年。

なんだかんだで、今日から再来週まで3連続で、試験が続きます。そのうち一つは会社の半強制試験ですが、なんだか受験生になったような気分。そーいえば、もう一つのやつも何にも準備していない。なめてるなー。そこが受験生とは違うとこかも。

›2006- 10- 16

1979年、まだあった

Posted by LSD at 23:29 / Category : ヒデキから始まった
音楽とかとはまったく関係ありませんが、1979年といえば、もう一つ、大きな事件がありました。西武ライオンズの誕生です。プロ野球は、今はまったく興味をなくしてしまいましたが、当時は、フツウに好きでした。で、そんな小学生が行こうと思えば歩いていけるとこにプロ野球の球団がやってきたのです(実際は、気合を入れて「行こう」と思わないと行ける距離ではありませんし、歩いて球場に出かけたこともありませんが)。

これは、ほんとに大きな事件でした。
地元では、周りの友達はもちろん、大人たちもかなり盛り上がっていたような気がします。私を含めた子供たちは、「西武ライオンズ友の会(だったと思う)」に入りたくて、その年のシーズンオフ(3月くらいか)に、近くの西武線の駅に毎日のように通ったのでした。
「友の会」は、西武線の各駅で受付をしていたからなのですが、いつまで経っても「まだ受け付けてない」と言われつづけてたんだっけかな。それでも毎日のように通ったよな。毎日通うことに意味があるような、そんな気がして。

そのうち、無事、「友の会」にも入会できて、ライオンズの帽子をもらって、中学生以下だったかな、内野自由席と外野席フリーパスをもらって、とても嬉しかったことを覚えてます。

1年目のライオンズ、特にシーズン当初はとっても弱くて、すんごい連敗したんだよな。
それでも、その年は、ずいぶん球場に足を運びました。20回近く(は大袈裟かな?)は行ったような気がする。結局、その年のライオンズは最下位でした。

私を含めて、どれだけライオンズが盛り上がっていたのか、小学校の卒業アルバムを開いてみるとひと目で分かります。男子の9割くらいはライオンズの帽子を被ってるので。

井上陽水の、いや、ここは清志郎バージョンの「少年時代」が聴こえてきそうな、ごくごくフツウのお話ですね。

›2006- 10- 17

1980年といえば松田聖子

Posted by LSD at 22:20 / Category : ヒデキから始まった
いや、松田聖子のファンだったわけではないのですが、1980年 - Wikipediaをたらたら見ていると、やっぱり、松田聖子とか田原俊彦、近藤真彦、柏原芳恵辺りの印象は強いです。ザ・ベストテンも見てたし。
それでも夢中になるほどじゃなかったな。この年はレコードを買った記憶もないし。

とはいえ、ダンシング・オールナイト/もんた&ブラザーズ、大都会/クリスタル・キング、さよなら/オフコース、私はピアノ/高田みづえ、Yes・No/オフコースなんかは好きだったかも。

それより、「3年B組金八先生」とかのほうが夢中だったかなー。
私は中学生になってたりして、通っていた中学校もけっこう荒れてたりもしてたし。

前回、映画やアニメが好きになったとか書いたよーな気もしますが、「ヤマトよ永遠に」を映画館で観たくらいだな、たぶん。我ながらテキトーだ。

ただ、そんなことより、中学生という時代のほうが重要かも。
比較的というかとっても積極的な性格だった私は、わりと極端に振れたような気がします。公立の小学校から中学校に変わっただけなので、友達も変わらないし、そう大きな環境の変化があったわけでもないのに、どーしてでしょう。もともとの資質かな?
生徒会なんて、まったく興味が失せたし、もちろん、学級委員なんてやりません。
ちょっと前に書いた井上ひさし「ブンとフン」の影響もたぶんあったんでしょう。とにかく、世の中をちょっと斜に構えるようになりました、確実に。
今、振り返ってみると、ロックという音楽にハマル素性は、この頃から形成されていったんでしょう。

とはいえ、クラスのなかで、さして浮いてるわけでもなく、目立つわけでもないフツーの生徒だったような気がします。別にツッパリ(おー、死語か?)になってたわけでもないし。
さらにいえば、まだまだ素直なところも多々あったので、素直に勉強とかしてたな。何の疑問ももたずに。

中学生というと、「不安定」という言葉が思い浮かびます。
私は、なにげに、その不安定な時期が好きです。
1980年頃は、自分でも、まだまだ子供っつう感じがありますが、このあとの2~3年間は、さすがにここに書くのは憚られるなーっつうこともあったりして。まさに、不安定っつうか、「青い」って感じです。それでも、しつこいようですが、この頃は嫌いじゃないなー。

どーでもいいんですが、この頃から父親とはダメダメな関係になったんだな。
そして、それは今でも続いているという。そーいう意味では、まだまだ「不安定」な時期が終わってないのかもしれません。

›2006- 10- 18

まだまだ夢助 ~毎日がブランニューデイ~

Posted by LSD at 23:24 / Category : Kiyoshiro Imawano
夢助が発売されてから、2週間が経ちました。概ね15日間が過ぎたのでしょうか。
まだまだリピートは止まりません。iTunes上では、75回目です。一日、5回はリピートしてますね。会社人としては、けっこう驚異的ではないでしょうか。自慢しちゃおう。

それはともかく、夢助は、ほんとに良いです。
これまで、「誇り高く行きよう」、「THIS TIME」、「激しい雨」なんかの感想を書いてきたような気がしますが、今日は「毎日がブランニューデイ」。この曲は、作詞:忌野清志郎、作曲:仲井戸麗市という最強コンビです。

曲調は明るくてポップです。メロディもよくて、なんか懐かしい感じもします。「夢助」に収録されている曲の中では、曲の短さ一番で、3分12秒。小さな可愛い曲てな感じもします。
歌詞ももうこれ以上ないくらいシンプル。でも、いいんだなー。
初っ端はこんな風にはじまります。


  君と真夜中に話した いろんな事
  75%は 忘れてしまった
  
  君と長い間過した この人生
  80%以上は 覚えてないかも


明るい曲調で、この出だしです。
よくわかりませんが、すごいです。ここだけピックアップすると、清志郎のたまにある皮肉なキツイ曲なのかと勘違いしそうです。でも、次のサビでガラっと変わります。


  Hey Hey Hey でもいいのさ
  Hey Hey Hey 問題ない
  君がいつもそばにいるから
  毎日が新しい


シンプルゆえに、とても説得力があるような、うまく言えないんですが、ともかく凄い断定です。「君がいつもそばにいるから 問題ない」
「君がいつもそばにいるから 毎日が新しい」
RCというか清志郎のラブソングの超名曲「君が僕を知ってる」にも匹敵するほどの、フレーズだなーと思います。ほんと、これだけの言葉で、新しい、素晴らしいラブソングが書けるというのはすげーなーと、心底思っちゃいます。

で、この曲は、これだけじゃ終わりません。何気に、ちょっとしたストーリー性もあって、最後のフレーズが、また粋、というかキマッテルんですね。


  今日も朝が来て 君の笑顔を見て
  100%以上の 幸福を感じる
  100%以上の 幸福を感じる
  365% 完全に幸福


このフレーズの前までは、ネガティブな意味で「%」を使っていて、ここに来て、「100%以上の 幸福」。それを2回繰り返して、最後の最後で「365% 完全に幸福」です。
このパーセントの使い方、たぶん、何てこともなく描いたんじゃないかと思うんですが、ほんとにうまいなーと思います。
「お弁当箱」でも同じように、最後にオチがありますが、こういうちょっとしたところにも清志郎の天才さを感じてしまいます。

しつこいですが、メロディーも演奏も凄く良くてですね、楽しい曲なのに、なぜか涙~という曲なのです。

›2006- 10- 19

1980年には

Posted by LSD at 21:48 / Category : ヒデキから始まった
1980年といえば、こんなことが起こっています。
1月 RCサクセション、シングル「雨あがりの夜空に」発売
1月 RCサクセション、渋谷「屋根裏」で4日間ライブ
4月 RCサクセション、久保講堂でワンマン・ライブ
5月 RCサクセション、シングル「ボスしけてるぜ」発売
6月 RCサクセション、久保講堂ライブアルバム「Rhapsody」発売
10月 RCサクセション、シングル「トランジスタ・ラジオ」発売
12月 RCサクセション、アルバム「PLEASE」発売

すさまじい活躍です。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこーいうことをいうんだろーなぁ。
しかし、田舎の中学生にはこの情報は入ってきませんでした。
確かな記憶じゃありませんが、清志郎のことは、この年は知らなかったと思う。
友達との会話の記憶もないし、誰かが清志郎のふぁんだということも聞いてないと思う。
そして、この年には、こんなことも起こっています。

12月8日 ジョン・レノン銃殺

さすがに、これは、大きなニュースになったのでリアル・タイムで知っていた。
とはいえ、たぶん、「ふーん」くらいしか感じなかったと思う。

なんていうか、ものごとを知っているか、知らないままでいるかによって、人生が変わるよなーなどと大袈裟に思ったりします。
世界のすべてのものごとを知ることなんて不可能。だがしかし、知ろうと思えば簡単に知ることができる状態にあったとき、あえて知らないままで見過ごすことは止めたほーがいいかもななどと大袈裟に思ったりもする。

そんなことをうだうだと考えさせられる大きな事件の数々でした。

›2006- 10- 20

ともかく夢助

Posted by LSD at 22:8 / Category : Kiyoshiro Imawano
まだまだ夢助。iTunesでの90リピートに突入しました。
これまで「夢助」のなかで、特にお気に入りの曲をピックアップして感想を書いてきましたが、ここでは、その他の曲をまとめてテキトウに書いてみようと思います。

「ダンスミュージック☆あいつ」。レヨナに書き下ろした曲で、『☆』は絶対外さないようにという清志郎指示があったとどこかで読んだ記憶があります。『☆』に何の意味があるのか、分かりませんが、というか、深く考えることでもないような気もしますが、かなり可愛いノリノリ(死語?)の曲です。レヨナには悪いんだけど、やっぱり、本家のこちらの方がずっと素敵。

「花びら」。凄い好きです。三連符の切々と歌い上げるバラードです。ステージで歌われたら、固まっちゃいそうだなぁ。たぶん、途中に長めのブレイク(っていう?)が入って、清志郎のボーカルでバーンというアレンジになるんじゃないかなー。でもって、クロッパーさんのソロがかっこいーです。さらに歌詞がまたいーです。Babyという文字がなければ、それこそ、「詩」として読んでも全然OKって感じ。

「涙のプリンセス」。アルバムで唯一の三宅さんとの共作です。三宅さんらしさが出てるPOPなR&Rで、これまたいい感じだなー。

「残り香」。かなり粘っこいR&Bで、イロイロな想いを喚起させます。

「雨の降る日」。かなり古い曲らしいのですが、私は初めてだったので、フツウの新曲として聴けました。出だしがいきなりストリングス、曲調(アレンジ)もメンフィスとは遠いような感じのバラードです。JIM HORNさんのSAXソロがたまらんです。「僕達の計画を 延期させる」というフレーズが頭に残ります。

「温故知新」。これも大好きですねー。いつもの清志郎の曲のような気がしますが、それがいいんです。うまい言葉が思いつかないので、とにかく聴いてくれーって感じ。この曲のクロッパーさんのソロもかっこいーです。

「オーティスが教えてくれた」。クロッパーさんが曲を書いてます。今年の1月でしたか、オーティスを訪ねるNHKの番組の中で作られた曲ですね。そのときに録音されたものと雰囲気は同じです。清志郎とクロッパーさんのアコギがいい感じで鳴ってます。あー、清志郎のハープも良いですね~。

「NIGHT & DAY」。最初は、いまひとつかなーなどと思っていましたが、だんだん好きになっていきました。何気に(といっては失礼か)メロディーがいいんですよね。今、思いついたんですが、RCのアルバム「BLUE」の最後の曲「あの娘のレター」のような、なんかホッとするような、そんな感じの何気にいい曲。そんな感じ。いや、「あの娘のレター」とは全然違う曲ですが。で、この曲の英語と日本語の語呂合わせも好きだなー。この語呂合わせも、すっごくレベルが高いと思うんだけど。

「ダイアモンドが呼んでいる」。実は、この曲も、最初はいまひとつかなと。で、これまただんだんお気に入りになっていきました。ちょっとシンプルすぎない?と思ってたんですが、繰り返しのフレーズが、なんだか気持ちよくて。でもって、全編にわたって控えめに鳴っているギターがかっこいーんですね。途中から、がんがん目立ってくるJIM HORNのSAXも凄く良くて。最後のリフレインでは、左からSAXが、右からギターが、真ん中から清志郎の声が、というなんとも気持ちのいーハーモニーです。

「あいつの口笛」。これまた、最初は、アレ?って感じの曲でしたが、これまた最高ですね。細野さんが作曲してますが、このよさを言葉にするのは難しいなぁ。途中の「やぁ やぁ やぁ」、「どうよ どうよ」という掛け声?もなんともいえないよい雰囲気。細野さんのぼそぼそとした低音のボーカルもたまんないっすね。


てな感じで、結局、全曲コメントしてしまいましたが、とにかくよいアルバムです。
あと、付け加えるなら、音がいいような気もします。
で、各楽器のバランスも、私的には最高でした。全然詳しくないんで、あまりうまいこと書けないんですが、清志郎のアルバムって、RCの時から、どーもそこが一番気になってたんですよね。もーちょっとドラムの音が大きい方が好みなんだけどとか、そういう些細な感じなんですが、「夢助」ではそんなん全然感じなかったです。


ということで「夢助」、そのタイトルも、ジャケットも、演奏も、曲も、詞も、もちろん清志郎のボーカルも、何から何まで、ほんとに最高のアルバムです。

›2006- 10- 21

iBookを連れて

Posted by LSD at 23:16 / Category : その他
明日は、会社の反強制テストの日。昨年と同じく、意味もなく、会場にほど近いビジネスホテルまでチャリで出かける。で、今は、そのホテルの中から、これを書いている。昨年と違うところといえば、iBookを持ってきたこと。当たり前だけど、かなり重くて疲れたなー。普通、パソコンもってチャリで20Kmは走らんよな。

でも、iBookは、お泊まりのときは、ほとんど必需品だ。
普段聴いている音楽を、ほとんどすべて持ってくることができる。iPodでもいーんだけど、ホテルの中でヘッドホーンは使いたくないし、iBookのスピーカーは何気に音がいーように思う。ということで、これはほんと便利だ。
でもって、Macは、ネットワークの切り替えがすごく簡単。家では、家庭内LANのなかにおいているので、IPを固定にしているけれど、ホテルとかでインターネットに接続するときは、たいてい、DHCPからの自動取得だ。この切り替えが楽なのだ。

で、普段は、このiBookはiTunes専用なので、ブラウザを使うこともほとんどない。
でも、今日は、このブラウザ(Safari)で、毎日の日課のように巡回しているサイトをひととおり閲覧してみた。想像はしていたけど、IEとはずいぶん違って表示される。でもって、あたりまえだけど、「Safariで確認している」と書かれているSIONのサイト(Urikichi&SION)とかは、普段のIEでの画面よりも綺麗というか、バランスよく表示されている。
一方、この「夢かも〜」とか「Long Slow Distance」とかは、ダメダメなんだよなぁ。
そのうち、Mac(Safari)や、その他のブラウザ対応を考えよう。

›2006- 10- 22

久しぶりの雨

Posted by LSD at 22:44 / Category : その他
会社半強制テストも、午前中に無事終了。
出来は散々だが気にしない。別にいーのだ。
今年で5回目か6回目。たぶん、来年で最後。もしかして今年で最後かな。

で、昨年はそのあと50Kmくらいチャリで走ったりもしたのだが、今年は、背中にiBookをしょってることもあってまっすぐ帰宅。
17時くらいから、久しぶりに雨が降ってきた。早めに帰ってきて正解だった。

それにしても、たかだか2時間くらいの試験だというのに、二日間がつぶれた気分。
ま、いつもたいした事をしてるわけでもないから、どーでもいいっちゃ、どーでもいいんだけど。
明日も雨だな、きっと。

›2006- 10- 23

1981年は「セーラー服と機関銃」

Posted by LSD at 23:23 / Category : ヒデキから始まった
1981年に、薬師丸ひろ子主演の「セーラー服と機関銃」が公開されています。映画の主題歌も大ヒットしました。で、私は、この薬師丸ひろ子のファンになっておりました。思えば、初めてのアイドルです。ポスターも貼っちゃったりしたな。薬師丸ひろ子は「野生の証明」の少女役が、子供心に凄い印象に残っていて、この「セーラー服~」でキマッタって感じでした。レコード(EP)も買ったなー。いまだにEP盤は手元にあったりします。

薬師丸ひろ子以外の音楽は、「ルビーの指環/寺尾聰」でしょうか。とにかく大ヒットしました。「長い夜/松山千春」なんかもこの年のヒット曲ですね。松山千春もこの頃まではフツウに聴けるんだがな。
「恋のぼんちシート/ザ・ぼんち」なんてのも見つかりましたが、漫才ブームだったんですね。ひょうきん族もこの頃だったかなぁ。当時、流行っていた漫才は面白いとは思わなかったんですが、ひょうきん族は好きだったな。

その他、「悪女/中島みゆき」、「街角トワイライト/シャネルズ」なんてのも好きだったような気がしますが、テレビで見ているだけでした。
しかし、この年が終わる頃か1982年の初頭に、近所に貸しレコード屋さんがオープンすることになります。この貸しレコード屋さんの存在は音楽環境を劇的に変えてくれました。

とはいえ、まだ1981年のお話は続きます。

›2006- 10- 24

1981年 『ポートピア'81』

Posted by LSD at 23:42 / Category : ヒデキから始まった
1981年で、忘れちゃいけないのが『ポートピア'81』。
神戸ポートアイランド博覧会とは、神戸港に造られた人工島ポートアイランドにて1981年3月20日から9月15日まで開催された博覧会。愛称は「ポートピア'81」。1,610万人の入場者があり純益60億円を記録した。会場面積は約72ha。
神戸ポートアイランド博覧会 - Wikipedia
という博覧会ですが、私は、友達5~6人と2泊か3泊くらいで出かけました。
友達だけで、寝台列車で、ホテルに泊まって博覧会へ。全部、初めての体験で、興奮したのはもちろん、とても面白かったです。ポートピア'81そのものも、そこそこ面白かったと思うのですが、それ以外、友達と過した夜とか、列車の中ではしゃいだこととかのほうが印象に残ってるなー。まだまだ青春って感じじゃないところが、また、なんともいえないです。

この旅行は、ポートピア'81のほか、大阪梅田だっけなー、蒸気機関車の博物館みたいなところに行ったり、金閣、銀閣とかにも行ったような記憶があります。
寝台列車とか蒸気機関車の博物館とか、この辺、「999」の影響もあったのかもしれません。

そういえば、今、唐突に思いだしちゃったので、ポートピア'81とは関係ないけど、ここに書いとこう。たぶん、この頃だと思うのですが、私は星とか宇宙にちょっと興味があって、というか、これも「999」の影響だと思いますが、で、天体望遠鏡で月とか土星とか見たりするのがちょっとだけ好きでした。安っぽい望遠鏡でも、木星とか案外大きく見えたりして、土星の輪も見えたりして、感動しました。星の写真も撮ったりしてたかな。とはいえ、飽きっぽい、長続きしないというのは、天性なのか、そーだなー、2年間くらいしか、天体観測もどきは続かなかったような気がします。

ついでに、その頃の夢を。
ちょっと遡っちゃいますが、小学生の低学年の頃はバスの運転手(今は、バスが超苦手だというのに)、高学年になると小説家か漫画家、1981年くらいになると、これに天体関係のお仕事というのが夢だったと思います。

あー、今、気付いたけど、プロ野球とかのスポーツ選手とかになりたいとかは、まったく考えたことはなかったな。今更だけど、自分のことなんだけど、なるほどーってな気分。

›2006- 10- 26

1981年に「機動戦士ガンダム」が公開された

Posted by LSD at 23:58 / Category : ヒデキから始まった
機動戦士ガンダムは、1979年から1980年にかけて、テレビで放送されたのが最初です。が、これも有名なお話ですが、テレビ放送された当初は、それほど話題になりませんでした。口コミとか「アニメージュ」のようなアニメ雑誌の影響でしょうか。というか、作品が素晴らしいというのが一番ですか、たぶん、1981年くらいから爆発的な人気となったような気がします。劇場版「機動戦士ガンダム」はこの年に公開されています。

で、私は、ガンダムは、すげー夢中になるほどに好きってわけでもありませんでした。映画も観てないし。とはいえ、やっぱり、革新的な物語には惹かれました。「ニュータイプ」ってだけで、なんだかかっこいーし。

ガンプラも毎月のように新しい作品が出ていたような気がするけど、この頃だったかな?
プラモデル屋さんに告知のポスターがでて、発売日には即日完売ってなほどの人気だったと思います。私は、これまた、すげー夢中になるほどではありませんでしたが、3つか4つくらいは作りました。ザクとか。

さて、今日のタイトルはほんとは、「ルパン三世 カリオストロの城」でいきたかったんですが、1981年とカリオストロとの関連が見つからず、ガンダムを引っ張ってきました。
「ルパン三世 カリオストロの城」は1979年の12月に劇場公開されていますが、私は観ていません。はじめて観たのが、いつか思い出せないのが悔しいところなのですが、1983年に定期券入れにクラリスの切り抜きを貼りつけていたことを覚えているので(なんでこんなことを覚えてるんだ)、ま、この頃に観たんでしょう。

「カリオストロの城」は、ほんと大好きな映画です。一時、かなりはまりました。前にも書きましたが、映画の「完全サントラ盤」も買っちゃったほどです。リバイバル上映も数回は観たんじゃないかと思います。映画の世界観も、物語も、もちろん、ルパンやクラリス、銭形警部などの登場人物も、ほとんど完璧です。

この頃には、雑誌「ぴあ」を買い始めたかなー。まだかな。
「ぴあ」では、毎年、ぴあてん、もあてんというベストテン企画をやっていて、「カリオストロ」がもあてんで毎年ベスト3には入っていた記憶があります。そんなところから興味を持ったのかもしれません。

ということで、「ルパン三世 カリオストロの城」は、長い間、私のなかの映画ベスト1でした。
今では、ベスト1とか考えなくなっちゃったので、どーかなって感じですが、それでも今でも大好きな映画であることには変わりはありません。宮崎駿の映画の中でも、やっぱり、一番好きかなー。

›2006- 10- 27

1981年 「吉里吉里人」

Posted by LSD at 23:56 / Category : ヒデキから始まった
1981年、井上ひさしの「吉里吉里人」が発売されました。たぶん、リアルタイムで購入して、とっても長い小説ですが、なんとか読破したと思います。この頃には、井上ひさしが発表した小説はほとんど読んでいたはずで、かーなり、はまっていました。戯作という言葉も井上ひさしから学びましたし、ほとんど憧れに近いものを感じてたと思います。あの風貌はともかく。

しかし、この「吉里吉里人」を読んだ後、あるいは数年後くらいか、井上ひさしからはちょっと離れていくことになります。単なる気分的なものか、あるいは、もっと面白いモノを見つけてしまったからか。たぶん、後者でしょう。

1981年、RCサクセションは「EPLP」、「BLUE」という2枚のアルバムを発表しています。
確か、初の武道館コンサートも演っているはずです。
だがしかし、私は、まだ、その存在を知っていません。でも、もうすぐです。
自分で書いていて、なんなんですが、まさに夜明け前という感じがします。

1981年は、この辺りでお終いですが、触れていなかったことを軽く書いておきます。
この年は、私の周りだけなのか、世間一般的なものなのか、いまいち定かじゃないんですが、「マイコン」がブームになっていました。パソコンではなく、「マイクロコンピュータ」あるいは「マイ コンピュータ」の「マイコン」です。中学2年の頃だと思いますが、マイコンに詳しい友達がいました。私もそいつに影響されて、なんだっけな、ベーシックだっけ、そんな言語だかなんだかのプログラミング(といっても簡単なゲームとかだけど)の本を買った記憶があります。でも、全然難しくて、すぐに興味をなくしました。まだまだコンピュータは高かったですし。それでも、マイコンは家電屋さんに並び始めてましたね。

あとは、あー、そうそう、ゲーセンが流行ってたな。
2~3年前からテレビゲームが出始めていましたが、爆発的に流行りだしたのは、この頃だったような気がします。ギャラクシアンとか・・・と思ったら、Wikipediaによると、ギャラクシアンは1979年11月に発表されたって書いてあるなぁ。そんな前だったけか。
ドンキーコングかな・・・と思ったら、これはドンピシャ(死語?)だった。
というようなゲームにも、結構はまってたかも。そーでもないかな。

そうそう、それと、この年の英語を教えていた教師が、ちょっと変わっていたのか、英米のポップスを月毎に1曲、授業前に聴かせてくれて、確か希望者にはテープにも録音してくれました。その聴かせてくれたポップスの中で、未だに覚えている曲が、「P.S I LOVE YOU/Beatles」、「パフ/PPM」、「イエスタデイ ワンス モア/カーペンターズ」です。これは、けっこう貴重な体験だったかも。

これで、1981年は終わりです。
1982年には、とうとう、私の人生を大きく変えることになる存在と出会います(大袈裟)。
ということで、「ヒデキから始まった」のカテゴリーのお話もこれで最後とします。
って、このカテゴリーの中で、ヒデキが登場したのは、ほんとの当初だけでしたが。

›2006- 10- 28

ちょっと気が抜けたかも

Posted by LSD at 23:59 / Category : 資格試験
3週連続試験の最終日。今年4回目の御茶ノ水駅。なんだかすげーな。
今日のは、この時期に実施しているヤツをテキトウに、ほとんど何も考えずに申し込みをしたもの。で、会場に着いて辺りを見渡すと、若い奴等ばかり。しまった。これは学生を対象にしたやつだったのかと悟ったが、もう遅い。ということで、かなり浮いていたよーな気もするが、さっさと試験を済まして会場を後にした。

資格マニアというわけでは、まったくなく、むしろ資格をとるという行為自体がかっこ悪いと思ってたりもする。が、それも好きな職場で好きなことをしたいがためと、多少の努力をしてきた。目標はシステムアナリストだったが、これはあまりにも敷居が高すぎた。ともかく、また来年。

これで、当分、資格試験の予定もなくなった。
当分は、今まで以上に気ままな日常を過ごそう。

›2006- 10- 30

忌野清志郎"This Time"の拡大版

Posted by LSD at 22:2 / Category : Kiyoshiro Imawano
忌野清志郎"This Time"の拡大版が昨日の夜放送された。ついつい生で観てしまう。
放送時間にして30分間長くなっているだけだが、今回は途中のCMが一切なし。
素晴らしい!フジテレビ。

全体的にゲストのコメントが長くなっていた。
地上波では登場しなかった三宅さんもコメントしていた。そーいえば、地上波で竹中直人のコメント放送されなかったけかな。昨日の放送では見かけなかったような。

で、清志郎のライブシーンが相当長く放送されていた。なにしろ、嬉しいのは曲が途中でカットされていなかった。1曲ごとにゲストコメントのようなものが挟まってしまうのは仕方がない。
ドキュメンタリーとしても、やっぱり素晴らしい番組だったと思う。

ライブは「In The Midnight Hour」、「涙のプリンセス」がちょっとキツそーだった。
リハなしのぶっつけ本番だもんなー。
いつか、きっと完璧なステージを披露してくれる。

›2006- 10- 31

1982年 清志郎が教えてくれた

Posted by LSD at 22:45 / Category : 清志郎が教えてくれた
1982年に入ります。これまでの「ヒデキから始まった」ではさすがにキツイので、ここからは「清志郎が教えてくれた」というカテゴリーにしました。ベタベタですが、ここんとこ、あちこちで聞かれる言葉ですが、これ以外考えられないので、これでいきます。

とはいえ、今日は清志郎はまだ登場しません。清志郎、清志郎と言いながら、実は、一番最初に聴いたときのことを覚えてなかったりします。最初に聴いたときどころか、いつから清志郎の存在を意識し始めたのかすら覚えてないんだからしょーもありません。その辺りは次回(たぶん)書くことになるかと。

で、1982年です。
Wikipediaを覗いてみると、『シブがき隊、中森明菜、松本伊代、小泉今日子、堀ちえみ、早見優、石川秀美などが相次いでデビュー』とあります。おー、この年だっけ。
私は、初期中森明菜は好きだったなー。この年の11月に発売されたシングル「セカンド・ラブ」はレコードも持ってたりします、いまだに。でも、中森明菜の音源ってこれしかないので、それほどハマッタってわけでもなかったのでしょう。
あとは、小泉今日子かなー。アイドル脱皮とかいわれた頃か、1990年くらいかな、そのくらいのときに発売されたCDは買ったかも。でもやっぱりそんなにはまったわけでもない。でもでも、彼女の出演した映画とかは好きかも。

あとは、「い・け・な・いルージュマジック/忌野清志郎+坂本龍一」、「チャコの海岸物語/サザンオールスターズ」、「色つきの女でいてくれよ/ザ・タイガース」、「すみれSeptember Love/一風堂」、「赤道小町ドキッ/山下久美子」、「ダンスはうまく踊れない/高木澪」あたりが印象に残ってます。とはいえ、このなかで実際にレコードを聴いてみたのは、清志郎とザ・タイガース、山下久美子だけだな。
清志郎はあとで書くとして、ザ・タイガースはけっこう好きでした。そう、ここで貸しレコード屋さんという偉大なお店が出現します。ザ・タイガースは貸しレコード屋さんで借りたはず。山下久美子は姉が好きで、たぶん、姉のテープで聴いたんでしょう。

ということで、次回は清志郎ではなく、貸しレコード屋さんのお話に決めました。